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「波打ち際」理論(後)

〜 焦ってしまいがちなあなたに 〜

前回、心の状態の変化を海の中にいる状態に例えて、「実は『波打ち際』に近いほどむしろ危ない」ことがあるとご説明させて頂きました。

今回はその続きになります。

・浅いところで感じる痛みや苦しみは、変化が大きく鮮烈

深海にいる状態は、確かに厳しいものです。
生きている実感すらなくなり、重く、苦しく、出口が見えません。
でも、その分変化は緩やかなことが多く(時には海底火山の噴火などもありますが)、また生きている実感が損なわれているために苦しみの実感も鈍くなっていたりします。

実際に、精神状態が改善した後の患者さんに「あの時のことは覚えているか」と訊いても、記憶が曖昧になっていることが多く見られます。

一方、波打ち際に近づいた浅瀬は非常に変化が大きいのが特徴です。
暖かい陽射しや風があり、存分に呼吸が出来、楽しそうな人々が目に入ったかと思うと、急に波が襲ってきます。

不意に波にもまれて水を飲む苦しさ。
岩場に打ち付けられ、時には切り傷まで負って血を流す痛み。
しかも、安心や期待など「明るい兆し」が芽生えたところに襲ってくるのですから、その苦しさや痛みは深海で感じるものに比べて遥かに「生き生きとして鮮烈」です。
浅いところにいるからと言って「深海より辛くない」などと言うことは全くありません。

ここを勘違いしてしまうと、
「もうこんな岸に近いところにいるのに痛かったり苦しかったり…」
というところから
「自分はダメなやつだ」
と自分を責めてしまったり、
「つまり、どこにいてもずっと辛さからは解放されないんだ」
と絶望してしまったりするのです。

俗に「うつ病は、治ってきた時が一番危ないんだ」と言われるのは、こういう理由もあるのです。

岸はもうすぐそこ。だからこそ、焦らずゆっくり。

あなたが苦しい思いをしている時。
そんな状態に焦ったり、絶望したり、自分を責めてしまったりする時。
「『波打ち際』に近いんだ」
と考えてみてください。

今の苦しみは、ずっと続くものではありません。
岸はもうすぐそこです。
でも、「だからこそ」より辛く感じてしまうこともあるのです。
あと少し乗り越えれば、必ず岸に辿り着きます。
必ず辿り着くので、焦らないで下さい。

焦れば焦るほど、岩は滑ります。
前ばかり見て前のめりになっていたら、後ろから来た波に巻き込まれるかもしれません。
また引き波に逆らって無理に進もうとしても、進まないし足を取られてしまいます。
焦るほど、急ぐほど、苦しくて痛い思いをしてしまうのです。

焦らず、しっかり足場を確かめましょう。
不恰好でも、四つん這いでも、転んで岩にぶつかるよりいいじゃありませんか。

楽しそうな岸ばかりでなく、波の動きも見ましょう。
後ろから波が来た時は、飲み込まれなければむしろ前に進むチャンスに出来る場合もあります。
引き波の時には、手足にぐっと力を込めて、流れが弱まるのをジッと待ちましょう。

焦らず、ゆっくり、タイミングを合わせて進んでいけば大丈夫。
必ず、岸に辿り着けます。